Q2 米軍民間検閲局 010 検閲局検閲係就職
第十話 米国陸軍第三地区民間検閲局(CCD)の検閲係
福岡市博多駅付近一帯は空襲により人家がかなり消滅していたが、博多郵便局の隣に七階建の島津ビルは焼け残り、ここを米軍が接収し、米国陸軍参謀本部第三地区民間検閲局を設置した。正式な名称はCIVIL CENSORSHIP DETACHMENTであり、 略してCCDと呼ばれていた。
検閲局は東京、大阪と福岡の三都市に設置され、第三地区民間検閲局は九州地方、山口県および四国地方を管轄していた連合軍総司令部の情報検閲機関で、部としては人事、一般郵便、商業郵便、特殊郵便、再検閲、演劇、新聞出版、ラジオ放送、電話電報、郵便受渡、モータープールなどがあった。
この検閲局には日系二世の岩下大尉がトップにおり、軍人軍属では日系二世が多いため他の占領軍とは環境がかなり異なっていた。日本語が通用する米国軍隊である。
一般郵便部には五十名程度の日本人従業員が働いていて郵便を検閲し、該当事項があれば、これを英語に翻訳する仕事であるため、語学が必要な職種であった。しかしながら試験的に採用された私をはじめ数人のものは年齢が十七歳より二十歳までの男女で英語は就職での前提条件ではなかった。
担当の監督はハワイ出身の日系米軍属沖西今市氏で年齢は五十歳程度であった。私の初任給は月百二十円であり、当時はかなりよい給与と思った。監督よりあくまでも試験的に採用するため、成績が上がらねば解雇と驚かされていた。
検閲係には次のような項目に分類された一冊約百頁の英文と和文対応のマニュアルが配布されており、どのような情報はレポートすべきかが明記されていた。
・ 記
農業、代理機関、連合軍、武器武装、武装解除、敵性国の資産、闇取引、放送、国会、青少年の非行、憲兵隊、民間情報、内閣、検閲、外交、財閥解体、流言飛語、政府、連合国資産、ミサイル等であった。
検閲係は検閲した郵便物の内容が、マニュアルに要求されているものかどうかを判断しレポートすべきものであれば監督に相談し、監督が採用すれば検閲係の成績として統計がとられていた。他の検閲係は統計のことは気がついていなかたようである。検閲者の間では報告すべきレポートの件数ではかなりの差が発生し、私の件数が多かったと思われる。
就職して約一週間目に上司のクリーム中尉と監督の沖西氏に呼ばれ、私は検閲係の主任(スーパーバイサー)に任命され、沖西氏の仕事を私が代行することとなった。
二十年十月に検閲係として採用されたのは七名程度であったが、検閲係としての成果が認められ、六ヶ月後には百名程度の規模に拡大した。海外から復員軍人が内地に帰ってきたが、元職業軍人は公職追放令のため日本の官庁には就職出来ないため検閲局に検閲係として就職する人が増加した。同じ時期に就職したもの多くは主任に昇格した。私は主任のなかで最古参であった。

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