Qf 古希以降の仕事 110 建設事業計画ソフト開発と計算委託
昭和六十三年四月に国際観光専門学校東京校国際ホテル学科のコンピユータ授業に必要なホテルフロント会計システムを開発、納入し、毎週水曜日に午前九時より午後四時までコンピユータ実習授業を担当した。
これは学校とソアレックス株式会社で講師派遣契約を締結し、ソフト開発を行った私が講師として派遣された。当初の実習はホテルフロント会計が主であったが、次年度からは学校側に提案し、宴会管理や食材管理などを実習に追加して教材の充実を図った。
平成八年四月からは航空輸送学科の[航空貨物]という授業を担当、プログラムを開発して、阪急およびフライング・タイガー航空会社に在職中研究していた航空輸送分野の業務処理をパソコンにより紹介した。
平成九年三月、古希を迎えた。学校側のパソコンにおける授業方針の変更があり、講師として九年間継続した時点で講師契約の終了となった。昭和十六年四月に航空機乗員養成所に入所したが、六十九歳になって航空輸送学科の非常勤講師となったことは、きわめて意義があったものと思う。
ホテルコンピユータソフト開発・販売をビジネスとして、ソアレックス会社を設立しており、一週間に一日だけは講師派遣契約により学校へ出勤しているが、その他の日は会社に出勤していた。ホテルに機械を販売し、ソフトを開発、納入すると約五年間はアフターサービスを必要とし、高齢化して健康を害して保守サービスができないと顧客に迷惑がかかるため、六十五歳以降はホテルヘのセールスを行わなかった。
専門学校のOA授業と共同出資会社から依頼されホテル建設事業計画のソフト開発と計算業務を行つていた。建設事業計画には二種類があり、ホテル会社が自社で土地、建物を購入し、ホテルを経営する場合と、リース会社がと土地と建物とを購入し、これをホテルに、リース物件として提供する場合があり、今回は、リースとしての建設事業計画をBASIC 言語で開発した。これをDCF建設事業計画と名付けた。
DCF建設事業計画
昭和58年に開発したホテル建設事業計画は別名が[ホテル経営計画支援ソフト」であり、BASIC言語で開発した。
上記2種類のプログラムの発注先は、エクスブレイン・インダストリー社で、昭和54年4月に、内装工事設計管理会社の経理ソフトを開発、62年2月に同社と共同出資でソアレックス株式会社を設立した。
専門学校の講師の仕事も終わり、ホテルへのソフトメンテナンスの仕事も終わった。同社より依頼された業務は、DCF建設事業計画による計算受託業務であった。これが、古希以降の仕事となった。

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