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2008年11月30日 (日)

Qf 古希以降の仕事 115 同期生会出席で各地を旅行

自分史の編集において旅行というのは、記憶に残る出来事である。
その1 米子本科三期生会での旅行
 1941年4月28日より現在まで67年という歳月が流れているわけであるが、熊本、米子、印旛、新潟および仙台乗員養成所に入所した同期生はこの日を、出発点として忘れてはいない。入所して60周年に当たる1991年(平成3年)428日、第10回、米子本科三期同期生会を米子皆生温泉会館で開催、終戦時の同級生56名のうち消息確認43名、同期生出席者は26名、教官その他が8名、計34名であった。
 1941年4月に入所した米子本科三期生は19443月に操縦科と整備科とに振り分けられたが、この3年間は基礎教育であったが、このときの同期生は終戦10年にあたる195510月に第1回同期生会を開催し、以来24回、同期生会を開催した。
 米子航空機乗員養成所は、米子市皆生温泉地域にあったため、12回は米子で開催、主として米子温泉会館で開催、残り12回は、福岡サンパレス、福岡脇田温泉、福山対山館、神戸市幸せ村、別府市ふじの、別府温泉花菱、倉敷石山花壇、山口湯田温泉、坂出市なぎさ、三朝温泉、玉造温泉、熱海温泉ホテル池田であった。各地の同期生が開催地の世話人となって同期生会を開催した。20059月、米子本科三期生会解散。
 19459月に航空機乗員養成所を卒業した米子本科3期生56名は、戦後10となる1955年に、どこに居住していたか?これを調べると次の通りであった。岡山9名、広島9名、鳥取9名、福岡8名、山口6名、大分4名、大阪4名、佐賀3名、島根2名、徳島1名、熊本1名であった。戦後というのは観光旅行が出来るような時代ではなかったが、同期生会への出席によって国内旅行をすることができた。
その2 本科三期全国大会での旅行
 航空機乗員養成所本科三期生は1941428日に、熊本、米子、印旛、新潟および仙台乗員養成所に一学年として入所、基礎教育が行われていたが三学年終了時点で航空機乗員としての適性検査があり、結果によって操縦要員と整備要員に振分けられ、19443月末、操縦要員は米子航空機乗員養成所に、整備要員は新潟航空機乗員養成所にそれぞれ転属することとなった。
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学年生として各々専門教育を受けることになるが、1945年3月、航空燃料が逼迫して、操縦訓練を続行することは不可能となり、米子で操縦要員として訓練を受けていた三期生は松戸高等乗員養成所に転属した。これにより1941年4月に入所した本科三期生は全員、整備要員となった。
 
新潟で整備学習中の三期生は1945年5月末、明野陸軍航空隊へ出張、破損した液冷戦闘機[飛燕]の改装整備に従事し、815日、終戦を迎えた。敗戦により民間航空は禁止されたので、同期生は故郷へ帰り、それぞれの道に進んだ。
 各地養成所の三期生はそれぞれの養成所単位で、同期生会を開催していたが、戦後、44年経過した1989年2月に、各地養成所で首都圏に居住するものが世話役となり、本科三期全国大会を結成し、同期生会を毎年1回開催、開催地の幹事は仙台、印旛、米子、熊本、新潟、熊本で担当することとなった。入所時300名であったが、消息が判明していたのは140名程度であった。
 第1回は1990年2月、京都堀川会館で開催、72名が出席した。出席者の居住地は宮城県1名、千葉県5名、静岡県1名、愛知県4名、茨城県1名、東京都17名、山梨県1名、岐阜県1名、埼玉県3名、神奈川県4名、新潟県1名、三重県2名、和歌山県2名、京都府5名、鳥取県1名、福岡県2名、大阪府7名、広島県1名、熊本県8名、鹿児島県1名、兵庫県3名,山口県1名、宮崎県1名であった。同期生が各地に分散しているのが特徴である。
 
本科全国大会の持ち回りであるため開催地は①京都堀川会館第、②東京麹町会館、③熊本五峰閣、④新潟ホテル湖畔、⑤米子皆生温泉会館、⑥鳥羽シーサイドホテル,⑦鹿児島ロイヤルホテル、⑧松島・ホテル大観荘、⑨横浜中華街満珍楼、⑩別府花菱ホテル、⑪札幌定山渓温泉章月グランドであった。20016月、三期全国大会解散。
その3 乗員養成所関係の会合の出席
 米子航空機乗員養成所は1938年に開設され、1年間の短期養成として操縦生の訓練が行われ、また3年間教育の本科1期生と5年間の教育の3期生、5期生、7期生が同窓会的な性格を持つ米子航友会のメンバーである。米子および岡山で開催されたこの同窓会には案内をうけ3回程度参加したことがある。米子三期生会には24回のうち18回、全国大会には11回のうち7回は出席した。このうちの5回程度は家内を同伴した。
その4 同窓会出席のメリット
 自営業を行っているものは、同僚と旅行に出かけることは殆どないので、同期生会出席が私の観光旅行でもあった。ホテルのコンピユータソフト開発、宴会管理システムの開発を行っており、各地のホテルに宿泊するのも仕事の参考になった。 

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コメント

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